ポーランドの古都クラクフから II アウシュビッツを訪ねる

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MY EDITION

今回は、クラクフから車で一時間程で行ける旧アウシュビッツー=ビルケナウ強制収容所について書くことする。少し、この”旅に恋する女性のためのスタイルメディア”とうたうMy Editionにおいては異質かもしれないが、やはり歴史を知ることは旅の大きなテーマといえるので、あえてここで書かせていただくこととする。おいしい食事、素敵なカフェ、太陽をふんだんに浴びることだけが旅ではなく、自分の知性や見識を広げることも旅の有意義さの一面といえると私は思う。私は以前にも書いたが歴史が自分の旅の大きなテーマの一つだ。何気に楽しさを追及していたころの旅より、歴史に興味を持ちだした頃のほうが旅がずっと楽しくなった。日本人が疎く、外では避けがちな第二次世界大戦当時に何が起こったかを知ることは自分たちが国際人として海外で活動するにあたり重要な要素であることは確かである。ご存知の様に通常、ユダヤ系の人々は第二次世界大戦中5-600万人の方々が殺害されたされている。(実際、正確な数字には諸説がある)そんな中でこのアウシュビッツでは最大の150万のユダヤ人、ジプシー、戦争捕虜、同性愛者が処刑されたとなっている。貨車でヨーロッパ一円から送られ来たユダヤ人は上記の写真の線路で貨車から降ろされ、即座に男性と女性子供にその場で選別されたという。そして労働に不敵な女性子供は身体の洗浄目的とされたシャワー室にそのまま誘導されたという。ご存知の様にそこがガス室で、要は到着すると上記の写真の場所で機械的に選別、殺害が即座に行われていたということだ。

アウシュビッツは、正確にはアウシュビッツ収容所と第二収容所であるビルケナウ収容所からなっていた。上記の三枚の写真は前記のアウシュビッツ収容所である。ここでは多くの人々が銃殺刑等に処せられいた。逃げれないように鉄柵には電流を走らせていたという。この収容所ではまた有名な双子を使った医療実験や人体実験が繰り返されたという。現在は当時の残虐性を後世に伝えるため、多くの当時のユダヤ人の私物の山が展示されている。眼鏡の山。かばんの山。靴の山等である。

またそこにはガス室の殺人ガスであるチクロンBの空き缶の山。多くのアウシュビッツで亡くなった方々の写真がここでは展示されている。自分には被害者の一枚一枚の写真が強烈な説得力を持ってこの痛ましい強制収容所の悲劇を伝えてくる。おそらくこの人たち一人ひとりには伴侶や恋人、また家族がいて、ガス室での無念を想像すると、この場所に今自分がその場にいる意味を認識し、反戦の誓いを立てずにはいられなくなる。多くの映画やドキュメンタリーで強制収容所でのユダヤ人ホロコーストに関して見聞きしてきたが、やはり現地を訪れることは、その実感がそれらの比ではなかった。

第二収容所であるビルケナウ収容所に向かう。周りには何もない寂しい場所であった。貨車でこんな場所に連れてこられ即座に選別されてしまう。それだけでも大きな恐怖であったであろう。

これ以上、あまり収容所については書かないこととする。なぜなら、起こったことに比し、文章はあまりにも軽すぎるからだ。旅行のテーマとしては重いものではあるが、一度皆さんも訪ねてください。美しいポーランドの古都クラクフから半日ツアーが5,000円ほど出ている。非常に簡単に訪問することができます。

 

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